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名誉市民
故 三浦 虎雄氏
明治16年、延岡市西小路に生まれる。外務省などを経て、政界に転身。昭和3年から衆議院議員として5期連続当選し、衆議院各委員長、厚生政務次官等を歴任。第5・6・10代市長をつとめ、その豊富な政治経験と卓越した手腕をもって市政の発展に寄与した。
昭和32年2月13日、名誉市民となる。(73歳で没す)
故 仲田 又次郎氏
明治26年、延岡市南町に生まれる。
昭和8年、初代市長となる。都市の基礎となる施設建設などに手腕をふるい、橋かけ市長、衛生市長と呼ばれた。その後、昭和23年に再び第9代市長となり、戦災復興事業や教育施設の整備、上下水道の施設等に功績を残した。
昭和38年2月11日、名誉市民となる。(76歳で没す)
故 宮崎 輝氏
明治42年、長崎県に生まれる。
昭和36年から31年間、旭化成工業株式会社の代表取締役社長、代表取締役会長として同社を世界的企業に育て上げる一方、野口記念館や多額の寄付と行うとともに、市の経済・文化・スポーツの振興、発展に大きく寄与。
昭和63年3月11日、名誉市民となる。(82歳で没す)
故 内藤 政道氏
明治36年、延岡市本小路に生まれる。
昭和2年、旧延岡藩主内藤家当主となる。延岡をこよなく愛し、旧延岡高等女学校(現岡富中学校)城山、西の丸(現内藤記念館)をはじめ幾多の土地や多額の寄付をするなど、本市の文化と教育の発展に寄与した。平成5年には、内藤家所蔵の貴重な武具や能面などを寄贈。
平成3年3月7日、名誉市民となる。(91歳で没す)
吉野 彰氏
大阪府に生まれる。
昭和47年に旭化成工業株式会社(現旭化成株式会社)に入社。昭和60年にリチウムイオン二次電池の原型を完成させ、昭和61年には延岡の旭化成東海工場にて、重要なターニングポイントとなったリチウムイオン二次電池の安全性に関わる実証実験を行っている。
地球温暖化をはじめとした環境問題への解決にも貢献したことが高く評価され、令和元年12月、ノーベル化学賞受賞。
令和2年3月18日、名誉市民となる。