ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 分類でさがす > 市政情報 > 市の取り組み > 移住・定住 > > 魅力発信ポータルサイト > 体験レポートvol.04 末廣さん(神奈川県)

本文

体験レポートvol.04 末廣さん(神奈川県)

印刷ページ表示 更新日:2021年8月1日更新

移住者03

自己紹介

  • お名前 末廣孝之さん、裕子さん、こころさん、詩子さん、菜乃さん
  • 職業 水道設備業経営(株式会社青葉メンテナンス代表取締役。2009年4月設立)
  • 家族のプロフィール
    福岡市の学校で知り合った末廣孝之さん(北九州市出身)と、裕子さん(臼杵市出身)。卒業後に孝之さんは趣味の山登りができる環境を求めて上京。神奈川県の水道設備会社に勤務しながら、週末は山へ。結婚後は、裕子さんも一緒にアウトドアを楽しむ生活でした。
    平成21年1月に、延岡市に長女のこころさん、生後10か月だった詩子さんと4人で延岡市に移住。その後、三女の菜乃さんが生まれ現在5人家族。祝子川がすぐ近くを流れる静かな大野町の一軒家で暮らしています。

延岡を選んだ理由と、移住のきっかけは何だったのでしょうか?

延岡を選んだ理由と、移住のきっかけは何だったのでしょうか

30歳を過ぎたころから故郷に近い場所での暮らしを考え始めました。延岡に決めたのはロッククライミングができる環境が身近にあったからです。祝子川上流にはロッククライミングで国内でも有名な大崩山があり、そこにも近く、市街地にも近いこの場所がとても魅力的でした。
それまでも山には来ていましたので、知らないところに行く気はしませんでした。むしろ、ふたりとも九州に戻ってくる、そんな感じでした。

移住までにどんな準備をされましたか?

最初から延岡を候補に、車で何度か来てみました。移住する前に、延岡の四季を見てみようと思ったんです。それは、移住後の生活設計を立てるための情報収集や、仕事の準備でもありました。
移住を考え始めた時に、どこかに勤めることを考えていたのですが、当時勤めていた会社の社長から開業するのも方法だと勧められました。そこで起業を決め、その準備に季節ごとの環境や街の様子が知りたかったし、確認しておきたい事柄がいろいろありました。それらと並行して、住まいの場所もだいたいこのあたりにという具合に、計画を立てて行きました。

延岡に引っ越しされた時の様子は?

神奈川からいざ引っ越しという時は、キャンプに行くみたいでした。大型ワゴン車に必要な荷物だけを積んで、延岡に到着したのは夜遅くなってからで、その日は祝子川温泉の駐車場に車を止めて休みました。アウトドアに慣れているので、そんな方法も不便ではありませんでした。
翌日、不動産屋をまわって、今の家を探して、それから神奈川に置いていた荷物を、北九州にいる父と車2台で取りに行きました。一度では運びきれなかったので、ひとりでもう一度行きました。
それが平成21年1月で、それから水道設備メンテナンスの会社を開業するための登記をするなど準備をして、同年4月に開業。メーカーの代行店として仕事をしたり、慣れない営業を重ねて、信頼していただけるようひとつひとつ心を込めて仕事をしてきました。

延岡の魅力を教えてください。

延岡の魅力を教えてください

人が温かいんです。通りかかった子どもたちがあいさつしてくれるし、出会う人が声をかけてくれるのが嬉しいです。若いころ外国を旅行していたことがありますが、「ハ~イ!」と気軽に声を掛け合う感じに似ています。また、お互いさまとか、不安や心配も包み込んでくれるような温もりのある雰囲気も好きです。
それから、自然。夏は仕事から帰ると、子どもたちと自宅のそばの祝子川の河原で水遊びしたり。自営ということもあって、なかなか山登りを楽しむ時間的な余裕がないのが残念ですが、自宅から山が見えるし、星もきれい。申し分ない環境です。

これから移住を考える方へのメッセージ

これから移住を考える方へのメッセージの画像

事前の計画が大事だと思います。仕事をどうするか、住まいはどうするか、家族がどんな生活を送っていくのか、私はいろんなケースを想定して準備をしました。実際に来てみないとわからない点も多くありますので、事前に訪れて、調べたり、感じたりしたことが計画のベースになっていきました。
延岡に来てから人とのご縁に支えられていることを実感します。これから移住を考える方にも、「きっと、これから行く場所にも、みなさんのことを気にかけてくれる方がいらっしゃるから大丈夫」とお伝えしたいです。私たちのように子どもがいると、子どもたちを通じたコミュニティも広がります。

こんなエピソードありました。

引っ越しを手伝ってくれた孝之さんのお父さんから、「ご近所へ引越しのあいさつをするものだ」とアドバイスを受けたことから、区長さんを訪ねて地区の戸数を聞き、簡単なのしを付けたタオルを用意。配り始めたものの戸数も多く、ご近所というにはずいぶん遠いところまで行ってもまだ全戸ではなかったそうです。それを知った区長さんが地区の集まりでみなさんに紹介してくださるなど、地域とのおつきあいのきっかけとなりました。
その後、孝之さんは消防団に入り、裕子さんは学校のPTA活動をしたりと、今では地域にとって大切な人材として活躍しています。

こんなエピソードありましたの画像1こんなエピソードありましたの画像2

こんなエピソードありましたの画像3こんなエピソードありましたの画像4

こんなエピソードありましたの画像5こんなエピソードありましたの画像6

こんなエピソードありましたの画像7こんなエピソードありましたの画像8

こんなエピソードありましたの画像9こんなエピソードありましたの画像10