職員への市長メッセージ

2010年7月5日 幸福を実現する「市民協働のまちづくり」

 皆さんおはようございます。市長の首藤です。
 口蹄疫問題では、日々ご苦労様です。もう少しのところまで来たと思っていたのですが、昨日また宮崎市で感染疑いが発生したようです。気を抜かず、終息までみんなでがんばりましょう。

 さて、唐突ですが、延岡市役所は何のための組織でしょうか?
 私たちの仕事の本来の目的は何でしょうか?
 地方自治法には、「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本」とすると書かれています。では、福祉の増進とは何を意味するのでしょうか。
 端的にいえば、「市民を幸せにすること」と考えたほうが分かりやすいと思いますが、どうも、この「幸せ」について一般的にはあまり考察がなされていないようです。
 今年4月に、内閣府関係機関による調査で国民の「幸福感」は10段階評価で6.5であったと発表されています。他国、特にデンマークやスウェーデンなどの北欧諸国と比べるとずいぶん低いのだそうです。日本は、人口あたりの自殺者数が世界ワースト6位となっています。
 日本は戦後、国を挙げて経済発展を目指してきました。一時「ジャパン・アズNo.1」と称されるほどに経済成長を遂げ、今は陰りが見えるとしてもなおその経済力には定評があります。なのになぜ、幸福感が低いのか。自殺者が多いのか。
 経済成長に成功しながらも、政治が国民の「幸福」を追求するシステムになっていなかったのかも知れません。
  スウェーデンでは、子供たちに「幸せと思うのはどんな時なのか考えなさい」と問いかけ、それは、「恋人ができた」「子供が生まれた」「人と分かり合えた」など、人との触れ合いの中にあると教えるそうです。日本人は一般的にあまりこうしたテーマについて正面切って考えたり議論したりということに慣れていませんが、実は大事なことなのだと思います。
 そして、社会がこうしたテーマを追求するにあたって重要なのは、「競争原理」ではなく「協力原理」なのだと東大の神野直彦先生は言います。競争は社会の活力を生みますから、市場経済はまさに競争原理が優先されるべきなのですが、これとは別に、「協力原理」を適用すべき領域があるというのです。
 競争原理は他人と自分の利害が相反することを前提としますが、他方、たとえば家族の中で誰かが病気になれば自分も不幸になるというように、利害や幸不幸を共有する共同体においては互いが協力することが大きな価値を持ちます。
 痛ましい事件が相次ぐなど、今の日本の世相は荒れています。人と人の絆が壊れかけている現代は、冒頭述べたように、行政として目指すべき価値とは何かをあらためて問い直さねばならない時代なのではないかと思います。
 そこで触れておきたいのは、いま延岡市で進めている「市民協働」のまちづくりのことです。
 これは前の鳩山政権の頃に提唱されたいわゆる「新しい公共」とも通じますが、「財政的に厳しいから市民の力を借りて公共的な仕事を進める」というような、行政側の御都合主義に解されては困ります。むしろ本質的には、延岡市において「協力原理」に立脚する新しいコミュニティを創ろうという試みなのです。
 事実、あおい区では協働共汗道づくり事業を実施して近所の皆さんが側溝作りに共に汗を流したことで住民同士が仲良くなったとか、市民協働まちづくりセンターでは従来は特に関係もなかった市民団体同士が仲良くなって連携ができるようになったとか、さまざまな成果が現れてきています。
 もちろん、市民の皆さん自身は交流そのものが目的で事業を行ったわけではありません。しかし結果として、確実にコミュニティの協力原理が働き、絆は深まっています。
 今回の口蹄疫問題は私たちの地域にも大きなダメージを与えました。しかし、防疫体制には多くのボランティアが参加してくれて、あらためて「市民力」の高さも実感できました。そしてこのまま終息まで持ち込めれば、いよいよ復活のための力の結集が必要です。協力原理のもとに、市民協働の力を最大限に活かしましょう。