職員への市長メッセージ

2007年12月4日 延岡の将来(道州制と市町村合併への思い)

皆さんおはようございます。市長の首藤です。

 12月議会の一般質問の中で、道州制や市町村合併についてどう考えるかという質問がありました。これに関しては、先日、高鍋町で市町村合併フォーラムが行われ、私もパネラーの一人として東国原知事や中央大学の佐々木先生と議論をしてきたところでもありますし、この前のリーダー会議でも話をさせてもらいました。これについて今回は述べてみたいと思います。
 私が子供のころは、「『まち』に行く」と言ってアヅマヤや寿屋へ出かけていました。今見るとそんなに広い敷地ではないのに観覧車があったりして、屋上は子供の目には大遊園地でした。そんな「まち」の賑わいを何とかして取り戻したい、地域の新たな発展を実現したいというのが私の願いです。

 さて、長期的にみれば、これから国の姿、地方の姿がだんだん変わって行くのだろうと思います。道州制についても、自民党のマニフェストの中に記載されるくらいに熟度が上がってきています。いつ実現するかは不透明ですが、これから次第に議論が本格化していくことでしょう。現時点ではまだ夢のような話かも知れませんが、可能性があるのであれば、「その時、我が『まち』はどうなるのか」という展望をしっかり持っておくことが大事です。
 現在、我々は「高速道路を早く整備してほしい」と国に陳情を繰り返していますが、これには毎年相当な労力とお金をかけています。高速道路が整備済みの地域は、こんなことはまったく不要なのですから、これだけでも大変なハンディキャップです。
 モータリゼーションが進み、東九州に高速道路がないのが不思議に思える現代ですが、40年前あるいは50年前に、今のような時代が来るとはたして予見できていたでしょうか。当時は車社会の実感がなく、高速道路についても本気で考えていなかったからこそ後手に回ってしまって、今に至っているのではないでしょうか。もしも、「将来は車社会になる」という見通しがあって、「だから高速道路を早期に整備しよう」という運動に早くからつながっていたとすれば、今、陳情活動に明け暮れなくても済んでいたかもしれません。他市にキャッチアップするためにエネルギーを使うよりも、できればそこから先に進むために使いたいものです。
 そういう意味からすると、今から30年後、40年後に道州制がもし実現しているとすれば、それに備えて私たちの地域はどんな未来図を描いておくべきでしょうか。
 たとえば熊本市では、市議会でこれまで「熊本市は九州府の府庁所在地を目指すべきだ」といった議論が行われてきています。そういう議論が現実味を帯びた話として交わされていると聞きます。
 それならば、我々としてはどんな未来が描けるのか。アメリカではニューヨークが経済の中心地、ワシントンが政治の中心地ですが、同じように九州では博多が経済の中心地、熊本が政治の中心地ということになるとすれば、延岡はどういう位置づけが可能なのか。
 熊本市から延岡市まで直線距離では100kmほどですから、これを結ぶ九州横断自動車道延岡線は今考えている以上の意味を持つようになることが予想できます。だからこそ、この路線は何としてもやらなければなりません。もし九州の府庁所在地が熊本になって、そこと九州横断自動車道延岡線できちんと結ばれて物流や人の往来が活発になるとすれば、先行している東九州自動車道ともあいまって、東九州の交通の要衝として延岡の確固たる地位が展望できます。
 本当の意味での延岡の再生、さらには地域の新たな発展は、そういう大きな枠組みの変化の中で構想していくべきではないかと考えます。もちろん日々の努力は非常に大事なことですから、いま我々が手がけていることを一つ一つきちんとやった上での話ですが、その先にあるのがこういう話ではないかと思っています。

 じゃあ九州府が実現したときに本当に存在感を発揮できる都市であるためには、どういう構想を描くべきかということについて、市町村合併フォーラムの中で話をさせていただきました。
 地方分権の流れの中で、国はどこに権限を委譲しようとしているのか。道州制ということを言いながらの分権ですから、当然ながら、将来的に県の権限が強化されていく訳ではありません。権限委譲の対象として、来たるべき時代の主役の座に着くのは基礎自治体ということになります。ただ、すべての市町村かというとそうではなく、受け皿としての力量のある自治体ということになるでしょう。
 昔は基礎自治体には「市」・「町」・「村」という区分しかなかった訳ですが、そのうち政令指定都市というものができ、さらに現在は、もう一つ下のランクとして中核市、そしてそれに準ずる特例市という制度が設けられています。次代の主役はこの政令市、中核市、特例市になるのではないでしょうか。中核市は30万人以上、特例市は20万人以上という人口要件がありますから、逆にいうと、将来は人口20万人未満の市町村は十把ひとからげの自治体として扱われる時代になるのかもしれません。
 我々は地方分権の受け皿としての自治体づくりをしていかなければならないのですから、そのために特例市を目指すということになりますと、これからあと7万人近く人口を増やす算段をしなければなりません。
 そこで、一つの手段として、市町村合併という選択が可能です。もちろん面積も広くなっていきますけれども、将来的には周辺の自治体と一緒になって存在感のある都市を作ることを考えておくべきです。

 「合併をするとそれぞれの地域の個性が失われる」ということがよく言われます。延岡市はすでに1市3町の合併をしましたが、特に三北の皆さんからすれば、そのような不安もあることでしょう。
 ところで、延岡市と兄弟都市の関係にある福島県いわき市は40年前に14市町村が合併してできた市ですが、昨年ここを訪問した際に、「延岡市は2町と合併し、これから新しいまちをつくっていかなければならないが、『一体感の醸成』ということがしきりに言われています。いわき市ではこの一体感が出るまでにどのくらいの期間を要しましたか?」と聞いたところ、「一体感を生むのはなかなか大変ですよ。うちなんか40年前に合併していまだに一体感がありません」という答が返ってきました。
 いわき市は、現在35万の人口を擁しており、仙台市に次いで東北地方で2番目の都市です。県で2番目ではなく東北地方で2番目ですからそれなりの存在感があります。たとえば高速道路をつくるにしても東北で2番目の都市を無視した計画はできないわけです。
 いわき市は14市町村が合併してできた市ですが、もともとの14の市町村の枠組みでとらえたときにそれぞれの人口はどうかというと、10万人を超えているところはどこもありません。つまり、もともと人口が10万人に満たない14のまちが隣接しているに過ぎなかった地域が、合併によって、人口35万人を擁する東北地方第2の存在感を持った都市に生まれ変わったということです。
 さて、合併後40年経つのに一体感がないと言いましたが、これは逆に言えば、いまだにいわき市では14のまちそれぞれの個性が残っているということでもあります。「地域の個性や独自性を残す」という視点からすれば素晴らしいことです。逆説的ですが、ここに、ヒントを見て取るべきではないでしょうか。工夫次第で、合併後それぞれの地域の個性を色濃く残していくような取り組みは可能です。
 それぞれの地域の個性を残しつつ人口が20万人を超える特例市の実現。それが、地方分権の受け皿として、九州内で一定の存在感を持つ都市としての飛躍的な発展を可能にすると考えています。

 少し大風呂敷を広げたような話になりましたが、このような構想を我々みんなの夢として共有することからすべては始まります。私は皆さんとともに、輝かしい未来を実現する取り組みを進めたいと思います。