命から水分奪ってゆくやうな秋の光の恐ろしきかな
老人施設へ向かう車を待たせおき老母は振り向き家見回しぬ
春風にわたげが飛んだふんわりと静かな土手は絵本のようだ
征く前夜海辺で吹きしハーモニカわが手に遺し君は還らず
それは西陽の射す廊下でしたあなたとの距離がいちばん縮んだ放課後
血を吸わぬ蚊を潰したる我の手に裁判員制の通知は重く
幸せにならなきゃダメだ誰一人残す事なく省く事なく
伝ひ歩き始めたる幼が破りゆく障子の穴より春の風吹く
時として明るい顔し軽やかに口笛を吹き哀しみは来る
食事して宿題もしたちゃぶ台が家族の中に確かにあった
身の奥にふかいふかい森がある ざわざわざわと いつも風吹く
白足袋の銀のこはぜを留むる朝罠にはまりし鶴を思へり
深づめのじんじんしてるその奥に誰か居そうなこの熱帯夜
たそがれの外科病棟の駐車場我が洗たくを持ち帰る妻
「怖い怖い」檻の前には泣く子ども猛獣たちはその子が怖い
「ほのぼのと」茂吉好みしこの言葉ひざを抱きつつ口遊みおり
二次関数放物線の要領で花の茎描く還暦ののち
明日にはこの制服でこの場所に来ないと気付かぬふりで手を振る
夫と見し花火の音をひとり聞く音のみを聞く三度目の夏
近づけぬ距離に父ゐて母のゐて十六夜の月雲を割り行く
二十年も臥せいる姑が夢にいで身も軽やかに落葉掃きおり
授業中友に借りたる教科書の小野小町に髭を生やせり
難産に助けし子牛をその手にて処分する獣医を丸き目が追ふ
両指に囲める程の膝上を「細くなったね」と孫さすりくるる
貯まつたら福岡にお出でと巨人軍の貯金箱を孫は呉れたり
いやはての弔問客を見送りてきみのかたへに戻りて座せり
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