市長コラム

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「駅まち」を活かすために

今、延岡市においては数々の大型事業が目白押しだ。昔からの懸案でなかなか手がつけられずにいたけれども、もうこれ以上先送りできないというものばかりだ。新火葬場、新最終処分場、小中学校の耐震化、新市庁舎等々。先日このコラムに書いたJR延岡駅周辺整備もその中のひとつである。
しかし、以前にも書いたように、いわゆる「ハコモノづくり」行政をする気はさらさらない。
「ハコモノ」というのは、「大きな事業費をかけてろくに役にも立たない施設の建設をすること」というようなニュアンスの表現だ。行政というのは昔から、事業そのものを目的化してしまいやすい傾向がある。施設整備にゴーサインが出た瞬間から、それを建設すること自体が目的になってしまうということだ。出来上がった後になって、「なんであんなものを作ったのか」ということになる。財政破綻した夕張市など、当時、そのハコモノ行政の実態がメディアで取り上げられていた。では、どうしたらいいかといえば、事前に「その施設は必要なものなのか」ということについてしっかり見定め、さらに、「役に立つ施設にする」ための工夫と努力を尽くすことだと思う。
JR延岡駅周辺についても、ただきれいな建物ができるだけでは意味がない。要はどれだけの賑わいの場が作れるかだ。そのためにはひとりでも多くの市民にワークショップ等に参加していただきたい。そして願わくば、批評家でなく、まちづくりへの参加者であってほしい。より良い結果を導くために。

一番輝く「自分色」へ

上海での世界水泳選手権において見事銀メダルを取った松田丈志選手が延岡に凱旋し、訪ねてきてくれた。市長室で出迎えるのはこれで何度目になることだろう。会うごとに逞しくなってきて、最近は風格すら感じさせる。
延岡市はアスリートのまちだからこんな形で様々なスポーツ競技のトップ選手とお会いすることは多いのだが、彼ほど純粋なひたむきさと誠実さをいつも感じさせる青年はそういるものではない。
北京オリンピックで銅メダルを取って「これが今の自分色」と表現した松田選手だから、首にかけた銀メダルを見て「『自分色』の輝きが増したね」と声をかけると、
「金メダルにもう少しで手が届くという確信を持てたのが今回の最大の収穫でした」と言う。
「フェルプスに泳ぎではもう負けていない。差があるのはスタートとターンです。今はフェルプスとの身長差のためにこうした部分に弱点があると思う。これからはその差を埋めるために、いわば、衝撃的なことに取り組まなければいけないと思ってます」
昨年来、フォームの改造に取り組んできて、それが成果を上げているのは周知のとおりだ。オリンピックで銅メダルを取った選手が、このままでは頂点に立てないからと従来のフォームを捨てるというのはいかにも大胆なことだと思うのだが、そのうえ「衝撃的」なチャレンジをこれからやるんだという。
あくなき向上心と精神力に脱帽だ。

「駅まち」

7月3日に「第1回駅まち市民ワークショップ」が開催され、実に120人もの参加者でにぎわった。また、7月14日には「第2回駅まち会議」が開催されて活発な議論が交わされた。
「延岡駅に関していろんな会議をやってるみたいだけど、それぞれがどんな位置づけなのかよくわからん。」と思っていらっしゃる方もおられると思う。
まず、「駅まち」という言葉から説明すると、「駅から始まるまちづくり」を略したものと考えていただければいい。どんな新延岡駅舎を作ったらよいかという議論を起点として、延岡市全体のまちづくりという観点から周辺整備を考えていこう、ということだ。
延岡駅周辺整備といえばこれまで何度か話が持ち上がったことはあるものの、関係先が多岐にわたるため調整が難しく、具体的な進展を見ることはなかったようである。だから今回はいろいろと知恵を絞って、延岡モデルと言えるような進め方をしようということになった。そして平成21年頃から何度も市民ワークショップや専門者会議、シンポジウムなどを開いてきたのだが、その流れを受けて、先述の二つの会議が設置されるにいたった。
「駅まち会議」は多くの関係先組織の委員によって構成される。区長会、障がい者の会、男女共同参画会議、JR九州、宮崎交通、タクシー協会、商店会、商工会議所等々から委員に就任してもらい、前東京大学副学長の内藤先生に委員長を務めていただいている。
このコラムでも紹介したデザイン監修者の乾久美子さんと、市民ワークショップの仕掛け人(コミュニティデザイナー)山崎亮さんもこの会議のメンバーである。
この会議で関係先のコンセンサスを取りながら、整備の方向性やイメージについて固めていくことになる。
そして、そのための基礎となる、市民の意見を思う存分出してもらう場が「駅まち市民ワークショップ」だ。
ここでは、これからの延岡駅をどう活用するか、また、どんな整備の仕方をすれば実際に自分たちが活用できるかという観点からさまざまな意見を出してもらうことになる。それを山崎さんや乾さんの手で具体的なイメージにまとめ、駅まち会議に提案するという仕組みだ。
実際、第1回ワークショップでも山崎さんのリードのもと、白熱した議論が交わされたようだ。今後の市民ワークショップでも多くの皆さんに参加いただいてしっかりと議論をしていただきたい。そしてみんなの知恵を結集して賑わいの場を作ろう。

あきらめない

「あきらめない」
女子サッカーワールドカップは日本中に感動を呼んだが、これこそが、なでしこジャパンからのメッセージだったように思う。
アメリカとの決勝では何とか延長戦に持ち込んだものの、エースのワンバックに見事なヘディングを決められ、もうこれで勝負ありだと思った。今まで一度も勝ったことのない相手だから仕方ないなと観念した。観客、視聴者のほとんどはそう感じたのではないだろうか。
しかし、選手の心は折れていなかった。それが最高の結末をもたらした。

折しも東日本大震災によって、日本は人類史上最大級といえるほどの未曽有の被害をこうむった。追い打ちをかけるように発生した福島第一原発の問題はいつ終息するのか、暗い影を投げかける。そんな中、政治が国を力強くリードしてくれねば困るのだが、国政の混迷は深まるばかりだ。被災地の方々の中にも、一部ではあろうが、将来に対するあきらめあるいは日本という国に対するあきらめの気持ちが随所に頭をもたげてきていたところだった。
「あきらめない」
多くの日本人がその決意を新たにしたことと思う。

津波への備え

東日本大震災によって、「想定外」の地震や津波に対しても備える必要があるとの指摘が識者の間からもあい次いでいる。しかし、そもそも実務として(言葉尻を捉えるようで恐縮だが)「想定外」に備えることなどできるはずがない。福島第一原発など、あれは「想定外」だったということが原因ではなくて、「想定の失敗」が原因だったのだ。つまり、我々は「想定外のあらゆる事態に備える」というような、いわば雲をつかむようなことを考えては具体的な準備ができないのだから、安全率も十分考慮した「適切な想定値」を再設定してそれにしっかり備えるという発想でなければならない。
日向灘地震に対しては、従来はマグニチュード8クラスの地震による5〜6メートルの津波を想定して避難所等を指定していたのだが、これに南海地震、東南海地震、東海地震が連動するようなことになれば、マグニチュード9クラスとなり最大10メートルまで考慮する必要があるとの説が出ている。
実際そんなことが起こる確率はずいぶん低いようではあるが、満潮時の余裕高も含め、とりあえず11.5メートルという想定値を設定することにした。正式には現在国や県でさまざまな角度から予測値を検討されているようなのでそれを待つとして、当面手をこまねいているわけにもいかないから、仮に設定するこの想定値を基準として津波の避難場所を見直していこうということである。国から新たな基準が示されれば再調整すれば良い。
市内沿岸部から始めているのだが、危機管理室の職員が伺って地元の皆さんと標高11.5メートル以上の緊急避難場所やそこまでの避難路などについての協議をさせてもらっている。今後、あと一月ほどのうちにある程度の内陸部まで詰めることにしている。各地域において、ぜひ積極的な協議にしていただけるようお願いしたい。

水防訓練

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昨日の日曜日に延岡市水防訓練が行われ、自衛隊や県警や消防本部などの国・県・市の関係機関、それに消防団、自主防災組織、災害ボランティアはじめ市民活動団体、さらには建設業協会や宮崎ガス、九州電力、NTT西日本などのライフライン関係各社が集結した。
東日本大震災のあと、地震や津波をはじめ、自然災害への市民の危機意識は非常に高まっている。例年以上に緊迫感のある訓練となったように思う。
それにしても、ここ3年ほど台風に見舞われていない。そのこと自体はありがたいのだが、数年も経つと、激しい風雨に対して実際に必死で対応した経験が地域の中で次第に風化していきはしないかというのが気がかりだ。今回のような訓練は毎年定期的に開催しているのだが、こうした中で防災意識を高めるとともにしっかり手順や各機関の連携の仕方を確認して、いざというとき混乱することがないようにしておきたい。

延岡駅周辺整備

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JR延岡駅周辺整備に向けて、本格的な動きがいよいよスタートする。これまで何度も市民ワークショップを実施したりシンポジウムを開いたりしてきたが、先日の公開プレゼンテーションでデザイン監修者に決まった建築家の乾久美子さんを中心として、今後具体的なイメージを固めていく段階に入る。
MRTラジオで乾さんと私のトーク番組を放送してくれるということで、先日収録があった。パーソナリティの薗田潤子さんが進行役を務めていただきながら、約1時間有意義なやり取りができたと思う。5月29日午後5時放送の「サンデーラジオ大学」だ。ご興味のある方は是非お聴きいただきたい。
JR日向駅が完成して以来、それと比べてバリアフリーにも対応できていないなど老朽化した延岡駅がことさらに見劣りするようにもなったので、市民の皆さんの関心も高まっているようだ。
日向市駅は、鉄道高架事業と区画整理事業のほかに関連事業を合わせると約300億円をかけて10数年の歳月の末に完成した素晴らしい駅舎である。延岡市でも鉄道高架を望む声が前々からあるので、この点は市としても考え方を整理するとともに、商工会議所が中心になった市民懇談会で議論をしてもらってきた経緯がある。
ポイントを整理すると、
1.日向市と同様の事業を行うには数百億円の費用を伴うが、多くは国や県に頼らざるを得ない。しかし、それには踏切交通遮断量などの国の事業採択基準があって、その基準を満たしていないため補助等を受けることができない。
2.踏切交通遮断量が少ないのはなぜかと言えば、国道218号など交通量の多い道路はすでに昔からガード下をくぐる形態になっているからで、これはある意味では道路に対して高架化が済んでいる状態ともいえる。これ以上の鉄道高架に多額のお金をかけても道路交通上の効果は薄い。
3.こうしたことを踏まえ、市民懇談会からも、鉄道高架ではなく駅舎の建て替えなど実効性の高い事業に絞って取り組むべきだという提言が寄せられた。
4.そのため、バリアフリーに配慮した駅舎への建て替えをはじめ、東口からも活用しやすい駅を目指して東西自由通路の整備、西口広場、東口広場の整備、民間活力による駅前複合ビルの建設などを目標に、市民参加型で事業を実施することにした。詳細はhttp://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/display.php?cont=110411132951

いずれにしても、いわゆる箱モノづくりをする気はない。市民にとって利用しやすい駅にして「にぎわいの場」を作ることが目的だ。

道路清掃活動

亀井橋の車道脇にたまった泥やごみを、早朝、北小路地区の方々が10人ほどで清掃しておられたようだ。他に近隣の会社の社員の皆さんが毎日のように道路清掃をやっておられる場所もあるし、市役所周辺だけでも年間には数多くのこうした光景に出くわす。
延岡市におけるこうした道路清掃活動は市内ほぼ全域において展開されていて、地味だけれど、長期間にわたってコツコツと続けてきておられるものが大変多く、誇らしいことだと思っている。まさしく市民力の発露だ。
市役所近辺の道路についてさらに言えば、野口記念館前の通りにはイチョウ並木があって、晩秋には素晴らしい黄金色に染まる。ただ難点は落ち葉だ。沿道にお住まいの方にとっては寒い季節に掃除が大変で、迷惑なことに違いないが、この素晴らしい並木は今後もしっかり残していきたいものだ。冬になると、ときどき都市建設部をはじめ市の職員も一斉ボランティア活動で落ち葉清掃に励んでくれている。近隣の皆さんと一緒にこの景観を大切に守っていきたい。

復活へ・・・日本人の魂

延岡での鳥インフルエンザの発生からもうすでに二か月余りが経過したが、これによって数千羽の鶏の処分を余儀なくされた養鶏農家の農場主の方が先日ご挨拶にお見えになった。
市の対応への感謝の言葉をいただいたが、「ご迷惑をおかけしました」とも、しきりにおっしゃっておられた。やはり相当な失意のどん底におられたようだ。今後についても全く希望が持てず、養鶏を再開しようなどという前向きの気持ちにもなれなくて、ただひたすら辛い思いをしておられた。
そのような時に、今回の東日本大震災が起こった。
テレビなどであの地獄のような光景を目にして、この農場主の方は気持ちが大きく変わったとおっしゃる。
「東北の人たちと比べたら自分のことを不幸だなんて言っていられない。家族もみな元気だし、鶏舎も波にさらわれてなくなったしまったというわけじゃない。落ち込んでいるわけにはいかない。もう一度、養鶏に取り組んでみよう」という決意が湧いたというのだ。
今回の東日本大震災は、まさしく日本の国難だ。津波で壊滅的な打撃を受けた地域は広範囲にわたり、震災以前の姿にいつ復旧できるか見当もつかない。復旧費用にしても途方もない金額になる。原発の今後についても不安が残る。
しかし、それほどの大災害を目の当たりにしたからこそ、この養鶏農家の方は気持ちが奮い立ったのだ。
同じように、未曽有の大震災を見て、自分も頑張らなければという気持ちになった日本人は多いのではないだろうか。人間、いざという時には強くなるんだなと感じる。
平和ボケと言われ続けた日本だが、この国難に際して、多くの国民が「立ち上がろう」という気になった。日本は必ず復活する。そして、物質的には豊かになりながらも人の心が荒んでしまったように思えるこれまでの日本より、むしろもっといい国に再生できるのではないだろうか。

大震災への支援を

東北関東大震災から明日で2週間になる。私たちの兄弟都市であるいわき市をはじめ広範囲で甚大な被害が発生し、多くの方々が亡くなった。ご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げたい。
私たちが5年前の竜巻災害の時に経験したように、被災地で必要な援助の内容は時とともに変化していく。被災直後は人命救助や二次災害防止が最優先だし、次の段階では避難した人たちへの緊急的なサポートやガレキ撤去などの被災現場整理が必要だ。その後は復興に向けて、ライフラインなどインフラの再整備や被災者の生活の安定のための対応などが求められることになる。
今回の大震災にあたって、延岡市としては、「巧遅は拙速に如かず」の精神で、その時々の状況に応じてできる限りタイムリーな被災地支援をしたいと思っている。
これまでに消防職員や水道局職員を派遣したり、水や食糧などを緊急的にいわき市に送ったりしてきたが、現在は市民の皆さんから物資や義援金を募っているところだ。原発に関しての風評被害もあって、いわき市では被災していない地域ですら物流が滞っており、一般の市民も食糧の配給に頼らざるを得ないような状況だ。いわば遠方の親せきともいうべきいわき市のこうした状況も踏まえ、食糧をはじめとする支援物資はいわき市宛てと東北地方の被災地全体宛ての2本立てでの募集とし、義援金はいわき市、仙台市、被災地全体へという3本立ての募集としている。
私たち延岡市民は、前述の竜巻災害に際して、また最近の口蹄疫や鳥インフルエンザ発生に際して、多方面から数々の温かい励ましとご支援をいただいた。そのありがたさは忘れない。
さあ、今度は私たちの番だ。延岡市民の心を届けよう。