市長コラム

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道路特定財源について(地方公聴会での主張)

先日、衆議院予算委員会の地方公聴会で意見陳述をさせてもらったが、その要旨は以下のとおり。


三位一体改革以降、地方自治体は財政的に疲弊してきた。延岡市の場合、国庫補助負担金の縮減分と税源移譲分はほぼ拮抗しているが、地方交付税について三位一体改革の前後を比べると、約36億円(率にして約20%)減少している。
財政力の強い東京都では23区内の合計特殊出生率が1.0を割り込んでいるのに対し、延岡市は1.7程度だ。地方は愛情とコストをかけて子供を産み育て、社会に送り出す。それを大都市は労働力として吸収し、付加価値を生み出す源泉としている。労働力供給という点からしても、持続可能な大都市と地方の関係を構築するためにも、格差是正という観点とあわせて、地方への富の再分配システムは拡充すべきだ。

さて、このような地方財政状況の中、道路特定財源の暫定税率を廃止することは大きな問題がある。
延岡市の場合、暫定税率廃止による影響は約7億円に上る。宮崎県では約140億、県と市町村合わせると約210億という巨額の減収となり、地方財政が立ち行かなくなる。延岡市では今でさえ、道路特定財源由来の財源にほぼ同額の一般財源を加えて最低限の道路整備をしている状況だ。

また、暫定税率廃止による本質的なダメージは、国直轄での道路整備がほとんどできなくなることだ。このことをガソリン値下げより重大と感じる県民は多い。だからこそ、地元宮崎のテレビ局の街頭アンケート調査では、サンプル数こそ少ないが、暫定税率廃止に6割から7割が反対という結果を報じていた。
幹線道路のネットワークは国が責任を持って整備すべきだ。「一般財源化して地方に任せよう」という意見があるが、地方道はそれでよいとしても事業費の桁が違う幹線道路についてはそうはいかない。企業誘致などを考えれば、幹線道路はそもそも地方が自立するための前提条件だというのは明白である。それを国の手で整備しないというのは、高速道路未整備の地方を切り捨てることであり、地域間格差を拡大することだ。これは地方分権の議論以前の問題だ。

「国内の道路整備はあらかた終わっている」というのは、大都市からの一方的な視点でしかなく、とんでもない誤解だ。われわれの地域はこれから道路整備が始まる段階をようやく迎えたところだ。こうした地方の幹線道路整備が一通り終わってから、制度を変える議論をすべきだ。例えて言えば、「みんな2階に登りたい」という状況で、全員でお金を出し合ってハシゴを買ったとしよう。都会の人たちから順に登り始めて、大半が2階に上がった段階で、「もう大体上ったから、お腹もすいたし、このハシゴを売り飛ばして食べ物を買おう」ということを二階に上がった人たちが言い出したということではないか。この場合は多数決によって決めるべきでないのは明らかだろう。
「ちょっと待ってくれ、まだ我々は登ってないよ。ハシゴはまだ要るんだ。」ということだ。
九州での西と東の格差を見てほしい。昔、高速道路の整備が始まる前は、西九州と東九州の沿線の総人口や経済力に大差はなかったが、今は天と地の開きがある。

大体、道州制が取りざたされる時代にあって、九州が世界の中で競争していくには、このくらいの高速道路整備では非常に脆弱だ。
ひとつの比較をしよう。
オランダと九州は、面積、人口、GDPなどでほぼ同程度だが、高速道路総延長は比較にならないほどの開きがある。国際競争力をもった地域経済を作り上げるため、将来を見据えた国家戦略が必要だ。そう考えると、この道路事情は東国原知事でなくとも「どげんかせんといかん。」と思うはずだ。

また、道路特定財源は逆進性が強いことは周知の通りだ。
所得の低い地方では一般に公共交通機関が脆弱で、車がないと生活できないから、我々はこれまでガソリン税をはじめ、世帯当たりの負担でいえば東京の3倍から5倍もの道路特定財源に関する税を払い続けてきた。これを一般財源化するということは筋が通らない。所得の低い地方に都会より多くの税を負担させながら、それを道路以外に使おうというのは許し難い。取れるところから取るという発想でしかないのではないか。この逆進性の強い税を、いずれ道路ができると思えばこそ、今まで文句も言わずに払い続けてきたのだ。

無駄遣いが多い、あるいは利権構造が問題だから、道路特定財源は一般財源化すべきだという人がいる。だが、多くの無駄遣いが指摘された年金の問題を思い出してみてほしい。無駄遣いがあるから年金制度はやめてしまえという人はいなかった。無駄遣いと制度の必要性とは別の次元の問題だ。全国の首長が主張しているのは、道路特定財源制度は有用な制度だということだ。これを運用するにあたって、無駄遣いを防止するような仕組みを工夫しようというのが、まっとうな考え方ではないか。世論が訴えているのは、「制度の廃止」より「無駄遣いへの嫌悪感」なのだと感じる。
無駄遣いを徹底して抑制し、浮いた分は先々一般財源にしたらいいではないか。