市長コラム

記事一覧

市民力2題

口蹄疫からの復活を目的として焼肉イベントの企画が関係筋で調整に入った段階で、語呂がいいから8月29日を「ヤキニク(829)の日」として実施してはどうかと提案していたのだが、それはともかくとして、「5000人市民焼肉大会」が開催されおおいににぎわった。
途中から雨にたたられたが、ともかくも、開催できてほっとしたところだ。
長い長い期間、口蹄疫に翻弄されてきたが、ようやく終息宣言が出され、これから復活に向けて全力投球できることになった。がんばって成果を上げたい。

また昨日、宮崎市において宮崎県道路愛護運動推進協議会総会が開かれ、今年度の表彰団体等が決定して早速表彰式も行われた。
会長表彰は3つの団体と1名の個人が受けることになったが、このうち2団体が延岡である。富美山町みどり区と須美江の高月クラブだ。
同時に知事表彰と国土交通大臣表彰の伝達も行われたが、これはいずれも各1団体のみの表彰で、両方とも延岡市の団体が受賞している。前者が旭町区友の会、後者が旭ヶ丘区だ。
皆さんそれぞれに、路面や側溝の清掃活動や除草作業に長年取り組んできておられる。
延岡が総なめに近い形となり恐縮したが、同時に誇らしくもあった。
これはなにも今年だけのことではなくて、毎年そうなのである。壇上に上がる方々の顔触れは、いつも延岡市民が一番多い。延岡でボランティア活動がいかに根付いているかの証左であろう。
実際、表彰されるべき方々は本当にたくさんおられて、延岡市で設けている「ふれあいロード事業」で道路愛護功労者表彰も先日行ったところだ。こちらは大武長寿会、野田町区の2団体、それに甲斐政廣さん、古小路孝一さん、荒武小富さん、森順子さんの個人4人だ。
この場を借りてあらためて感謝申し上げたい。

甲子園にて

アップロードファイル 136-1.jpg

惜しかった!!
甲子園に日帰りで、延岡学園の応援に行ってきた。一戦目と同じく、追いつ追われつの打撃戦が展開された前半は観客席も興奮のるつぼ。そして後半は一転してスコアボードに「0」が並び、緊張感の漂う場面が続いた。
「よし!今度もサヨナラだ!」と、延学の応援団はみんな必死の思いで念を込めていただろう。実際何度もそのチャンスはあった。しかし、残念ながら最後にチャンスをものにしたのは仙台育英だった。今となっては素直に勝者を称えたい。
そして、2試合続けて延長戦を戦った延学ナインには心から拍手を送りたい。口蹄疫問題からの再起を図る延岡市民そして宮崎県民は勇気と元気を受け取った。
ここに掲載した写真で、われわれ応援団のTシャツの背中に施されたプリント(『がんばろう宮崎! 応援、ありがとう!』)がお分かりいただけると思うが、これを見て帰り際に見知らぬ青年が声をかけてきた。「この標語は口蹄疫のことですよね。僕は神戸に住んでるんですけど、頑張ってください。応援してます。」
悔しさ冷めやらぬうちの、思いがけぬその青年の言葉に、温かいものが胸に広がった。

「通説」を疑う

8月5日付の日経新聞に掲載された一橋大学の野間幹晴准教授の論文を読んだ。
「日本企業は米国企業などと比べて株主配当が少なく、反面、長期的な視野で設備投資や研究開発投資を行っている」という通説があるが、具体的に調査をしてみるとまったく反対の結果が出たという。そして、「経営者の意識改革が喫緊の課題である」と結んでいる。
衝撃的でもあったし、また、昨今の日本企業の所業や低迷ぶりを見ていると、さもありなんと妙に納得したことでもあった。
バブル崩壊後の不況によって日本人が自信を失うとともに、一時もてはやされた日本的経営も崩壊してしまったのかと感じる。

ところで、こうした「通説」はいたるところに存在する。
昔はその通りだったが時代が移りすっかり様相が変わってしまったという場合もあろうし、はなっから間違った思い込みという場合もあるだろう。
我々行政の仕事というのは手堅さがもちろん重要だ。だからチャレンジングであるよりもリスクを避けようとする傾向があり、いきおい保守的になって前例や固定観念や通説にとらわれてしまいやすい。
自分の頭で本質を掘り下げて考えることが大切だ。

所在不明のお年寄り

昨日までに、100歳以上のお年寄りの所在不明者が全国で30名を越えているという報道がされた。そして今日の夕方になると、さらにその数が増え、現時点で70名に及ぶと伝えられている。
延岡市ではどうかと思い担当課に聞いたら、100歳以上の方が市内に現在約60名いらっしゃるとのこと。そのいずれも従来から所在の把握はきちんとできていて、ご家族への問い合わせ以外にも具体的な方法で確認が済んでいるようだ。ひとまずほっとした。
このことについては、新聞等で、家族のつながりが希薄になってきているという指摘や地域や町内会などのコミュニティが機能不全に陥っているという指摘がなされている。同感だ。
そして実は、児童虐待や家庭内殺人などの凄惨な事件が日々繰り返されることも、まさに同じ根っこでつながっているのではないか。
私はこうしたコミュニティの再生を大きなテーマと考えている。いわゆる「市民協働」のまちづくりも、その文脈の中で取り組んできたつもりだ。
災害に際して、医療問題で、あるいはそのほかさまざまな分野で、延岡市における市民ボランティアの力はすでに有名になったといえるだろう。
ただ、「市民と行政の協働」を目指すからには、市民活動の水準が上がれば上がるほど、市役所職員の意識水準も上がらねばならない。そういう意味で、第6次という新しい段階に入ろうとしている延岡市の行財政改革においても、職員の意識改革がますます重要となる。

さあ、復活の時

今夜の午前零時にいよいよ宮崎市の移動制限、搬出制限が解除となるので、併せて非常事態宣言も全面解除される見込みとなった。口蹄疫問題に関しては何とか大変な時期を乗り越えることができそうだ。

さあ、いよいよ疲弊した地域経済の復活の時だ。

先日来、 防疫態勢の徹底という条件付きで 、移動制限区域や搬出制限区域以外でのイベント開催にゴーサインが出ていて、一昨日には北川「道の駅はゆま」では地元商工会によるアンテナショップのオープン式が行なわれ、祇園町では「みなまつりinギオン」が開催された。また8月7日には延期となっていた七夕祭り、8日には花火大会が実施される予定だ。
市では「元気のべおか復活対策会議」を設置し、様々な企画を打ち出していこうとしているところだが、こうした各種イベントを成功させ弾みをつけて行きたいものだ。

【メルマガ「のぼり猿通信」7月8日号より転載】

皆さんこんにちは。市長の首藤です。
ボランティア等で口蹄疫の防疫作業にご協力いただいている皆さん、ありがとうございます。おかげさまで延岡での感染発生を防ぐことができています。
それにしても、今回の宮崎市での口蹄疫再発生は大変残念です。今月の16日には全県的に移動制限解除、すなわち非常事態宣言解除になると心待ちにしていたのですが、最短でも27日となってしまいました。気落ちせずに、防疫体制には引き続き万全を期してまいります。
しかし、いずれにしても、遠からず非常事態宣言が解除になることを期待して、口蹄疫による経済沈滞状況から脱却する手立てを講じる準備をしておきたいと思っています。そこで7月2日に、私が議長を務める「元気のべおか復活対策会議」を市役所内に設置しました。畜産業をはじめ、口蹄疫で打撃を受けた市内経済の復活のために、イベントなども含めてさまざまな対策を打っていく予定です。これを実効性のある取り組みにするためには、市民の皆さんの前向きな気持ちこそが不可欠です。これについても、市民総力戦で頑張りましょう。

不況の中で

これまでも決していい状態ではなかったのに、口蹄疫によって市中経済は不況の深刻さが増している。
私はもともと会社経営を長くやってきたから、市内の企業経営者の中には昔からの仲間が数多い。様々な情報が入ってくるので、いたたまれない気持ちになることもある。
市長になる前は、今とはまた違う責任の重さを常に感じていた。 中小企業の経営者はほとんどの場合、会社の借入に個人保証をしているから、 万一、自分の会社が倒産というようなことにでもなれば、家屋敷含めて個人の財産も全て失ってしまう。四六時中そんな重圧を感じているわけではないけれど、ひどい不況の時期を迎えたりすると、先々の不安が頭をもたげてくるのだ。
現下の延岡市内の状況は、そういう経験を思い出させる。
国や県、市などの行政に携わる人間は、民間のそんなつらさを肌身に感じることが必要だ。本当に実感することは不可能だとしても、それでも親身になってわかろうとする努力はしなければならない。
なにも会社経営者だけのことを言っているのではない。市民の痛み、つらさ、悲しみを自分のこととして感じること。それが公務員の原点であり、使命感の源泉だ。

移動市長室in北浦

アップロードファイル 130-1.jpgアップロードファイル 130-2.jpgアップロードファイル 130-3.jpg

移動市長室「こんにちは!市長です」という、三北地域を対象とした新たな取組みが、今日、広報広聴活動の一環としてスタートした。
従来、市内各地に出向いて意見交換などをさせていただく場としては「まちづくり懇談会」という事業を実施してきたが、これとは別に、丸1日かけて地域を巡り生産現場などにお邪魔して懇談の機会を拡げる取組みだ。
議員さんからの提案が発端で、合併後のまちづくりに資するためという目的も合わせ持たせている。
皮切りとして今日は1日北浦をまわってきた。
水産業関係の皆さん、ぶどうやアスパラ、マンゴー、葉たばこなどの生産者の皆さん、養鶏業の皆さん、特産品協議会や加工グループそれにキタウラマルシェ実行委員会の皆さん方とお会いして、たくさんの実りある懇談ができた。

口蹄疫を乗り越えよう

口蹄疫によって、宮崎県内はまさしく非常事態が続いている。このまま新しい感染発生がなければ7月16日には移動制限等の解除ができると報道されてはいるが、今ここで消毒ポイントなど、防疫体制の手を緩めるわけにはいかない。
延岡市でも影響は畜産農家のみならず多方面に拡がってきている。飼料販売、運送などの畜産関連業種はもちろんのこと、イベント中止に伴って、ホテル、旅館、仕出し屋さん等の売り上げも激減している。飲食業関係も状況は悪い。負の連鎖は多くの分野に及んでいる。

そうした中、サッカーワールドカップでの日本代表チームの活躍は我々に勇気を与えてくれる。
予選リーグ3連敗を予想した人は多いし、私自身も申し訳ないが、そう思っていた。ほとんどのメディアはこれまで岡田ジャパンに対して批判の声を浴びせかけてきたといえるだろう。ところがカメルーンに勝利するやいなや、評価は一変。オランダ戦、デンマーク戦を終えて、世界から驚きとともに賞賛が寄せられた。
振り返れば、1年ほど前に本大会出場を決めた後、選手たちが「世界を驚かす覚悟がある」とプリントされたTシャツを着ていたのを思い出す。あの頃も、否定的な声を聞いた。
自分が何もせずに、人を批判するのは簡単だ。しかしそれは何物をも生み出さぬ不毛の声だ。
日本代表チームの本大会での活躍は、そうした批判にさらされながら困難を乗り越えて結果を出したという点で、私たちに感動とともに勇気を与えてくれる。
いろいろ言われながらも目標を高く掲げ、それを公言することでその目標を信念にまで高め、実現に向けて努力する。そのことがいかに大切か。
心底「Yes. We can !!」と思って努力しさえすれば、たいていの夢はかなうものだ。そう信じる勇気を与えてもらった気がする。
口蹄疫の終息に向けて、また、終息後の復興に向けて、自分たちの努力が必ず報われると信じてみんなで頑張ろう。

「のぼり猿通信」発刊

延岡市の広報広聴拡充の一環としてメールマガジンを発刊することになり、創刊号が先日配信された。市のホームページの右端に「のぼり猿通信」のバナーがあるので、ここからぜひ購読の登録をしていただきたい。毎月2回の配信を予定している。
また、このメルマガに「市長コラム」を(毎回ではないが)掲載することにしたので、発行後には市のホームページの「市長コラム」コーナーにも以下のような形で転載していこうと思う。

【メルマガ「のぼり猿通信」創刊号より転載】
皆さん、こんにちは。延岡市長の首藤正治です。
口蹄疫問題については、殺処分される牛、豚が30万頭近くにのぼるという悲惨な状況に至りました。計り知れない影響が各方面に及んでいます。懸命な感染封じ込め対策にも拘わらず、昨日、また、新たに都城市でも感染が確認され、さらに深刻な事態に陥っています。この非常事態を一刻も早く終息に導くため、国、県や他市町村とも連携しながら延岡市でも懸命に感染拡大防止や畜産農家支援等に取り組んでいますので、車両の通行等でご不便をおかけすることもあるかと思いますが、皆さんのご理解、ご協力をお願いします。
さて、従来の「広報のべおか」や市のホームページ、またケーブルテレビの「市政だより」などに加え、このたび新たな広報手段としてメールマガジン「のぼり猿通信」を発行することに致しました。
「のぼり猿」は延岡伝統の郷土玩具で、烏帽子(えぼし)をかぶり背中に太鼓と御幣(ごへい)を背負った猿の人形が幟(のぼり)にぶら下がり、風で幟がはためくたびに腕に抱いた竿を上がったり下がったりするというユーモラスなものです。もともとは江戸時代後期、内藤藩城下町であった頃に家臣の家族が内職として作りはじめたといわれており、端午の節句の時期には、こいのぼりとともにのぼり猿もその雄姿が市内各所に見られたのだそうです。昭和43年には年賀切手として図案化され全国に発行されています。
メルマガを出してはどうかというアイデアは、もとはと言えば、私と市民の皆さんのランチミーティングでの議論の中から生まれました。この発刊自体が、市民協働のひとつの成果と言えるかもしれません。
薫風にはためく「のぼり猿」の名を冠して、その時々の旬の情報などを直接皆さんにお届けするメルマガに、是非ともご期待いただきたいと思います。

ページ移動